患者・利用者宅で二人っきりという不安
訪問看護は一人でご自宅にお伺いしてケアをするため、不安だと言う声を耳にします。
その理由の多くは「一人で急変などに対応できる自信がない」とうものですが、それとは別で、利用者と密室に二人きりになるのが不安という声も聞こえてきます。
たしかに、馴染みのない空間で、いわば証人となるような第三者がおらず、世話をする側と世話をされる側という関係性で二人きりとなることは、理不尽な要求・不当な言動などがなされることへの抑止力が働かず、不安になる医療・介護従事者は多いと思います。
実際に、訪問看護師の33.3%が身体的暴力を経験したという報告1)、また、訪問看護師の50.3%が身体的暴力・精神的暴力・性的嫌がらせを経験しているとの報告2)もあります。
訪問看護でのトラブル事例
暴力的な言動を行う利用者
私が訪問看護師になりたての頃のことです。
体温計を脇に挟む時に私の冷えた手が身体に触れてしまうと、凄く怒って拳をあげて殴るポーズをする方がいました。
実際に殴られた先輩もいます。
さらには渋滞などで訪問時間が遅れたりすると怒りをアピールするかの様に時計を叩いてみたり、ひどい時はハサミを看護師に向かって投げつけることもありました。
今から思えばこれは完全にパワハラではないかと思いますが、当時の自分は正直怖くて行きたくないと思いながらも「相手は病人だから仕方がない」と思い、それがパワハラだともなんとも感じていませんでした。
そのため、鬱になりそうになりながらも必死に訪問看護を続けていたことを覚えています。
理不尽な要求を行う利用者と家族
別の事例ではこんなこともありました。
息子と2人暮らしのAさんの看護に入っていたのですが、Aさんは認知機能低下症状もあり、正論を説明しても直ぐ忘れてしまうため、ケアが難しい場面も多くありました。
Aさんからは訪問看護ステーションに「寂しいから来てほしい」と頻回に電話がくるため、「体調が悪い時には様子を見にいけますが、申し訳ないのですが寂しさのためだけでは行けないんですよ」と対応しました。
すると「じゃあ、胸が苦しい感じがするからきて」と訴えるのです。
そう言われると、医療者としては行かざるをえない状況になるため、Aさん宅を訪問することになったのです。
このようなことがある度に訪問もできないため、Aさんが寂しくなる時間に合わせてヘルパーを配置したり、デイサービスを増やすなどして対応もしていました。
しかし、Aさんは徐々に寂しさから仕事中の息子にも頻回に電話をかけるようになりました。
そのため、息子は仕事がはかどらずイライラし、今度は息子の怒りの矛先が担当の訪問看護師に向いてきたのです。
「こんなに大変な思いをさせられるのは、訪問看護師や医者がちゃんとケアをしないからだ」。
息子からのクレーム電話は毎日のように私にかかってくるため、精神的に参ってしまい、最終的には泣きながら管理者に報告し、やっと担当を外してもらいました。
その後、息子と主治医で話し合いの場を持って貰ったり、訪問看護事業所の管理者が担当を引きつぎ、なんとかクレーム電話はかからなくなりました。
訪問看護でのパワハラ事例の振り返りと対策
このように、パワハラと言っても、利用者本人からの理不尽な対応であったり、あるいはその家族からの対応であったりとさまざまです。
昔の自分もそうでしたが、相手が病人であったり、そのご家族であったりすると「患者・利用者さんは病気で辛いのだから自分がなんとかするしかない」と我慢しがちですが、それは大きな間違いであると今は感じています。
というのも、我慢をしても状況が好転するどころか、ますます悪化し、エスカレートしていく危険性すらあるからです。
このような場合は、医療・介護従事者側が単に我慢するのではなく、しかるべき手段・対策を早期にとる必要があります。
その具体的な対策として、次のような方法があります。
1:管理者やケアマネジャーに報告をする
まずは、自分や所属組織をマネジメントしている管理者や、ケアプランを統括しているケアマネジャーに事実を報告することで、現状を把握して貰います。
何故ならばこのような事態になった原因を客観的に考える必要があるからです。
2:第三者(家族やチーム医療に関わっている スタッフなど)を入れて話し合いの場を持つ
管理者やケアマネジャーと話し合い、対策を講じても改善されない時は、ケアマネジャーの指揮のもと、ご家族やチーム医療に関わっているスタッフ(ケアマネジャー、ヘルパー、看護師、デイサービススタッフ、理学療法士など)を集めて貰い、情報共有をして対策を考えます。
1人ではなくチームとして関わりを統一することで状況に変化を加えることができる場合もあるからです。
3:担当を変えてもらう
パワハラによる精神的ストレスを感じ、対策をしても状況が変わらないのであれば、思い切って利用者の担当から外して貰うよう管理者に依頼することも大切です。
一見これは個人的なわがままの様にも思われて気後れしてしまうかもしれませんが、訪問看護ステーションは病院に比べて看護師の人数が少なく、その数少ない職員が暴力やハラスメントで業務に支障をきたしていることは、訪問看護ステーションや、担当されている他の利用者にとっても望ましいことではないからです。
4:地域包括支援センターに相談に乗ってもらう
ケアマネジャーの采配だけでは処理しきれない困難事例に対して、地域包括支援センターはサポートする役割があります。
一般的な担当者会議では直接ケアに関わるスタッフの集まりだけでしたが、この会議にはそれにプラスして状況により、役所のケースワーカーも参加し、行政として対策を考えるべく動いてくれます。
ここに相談する際にはパワハラの細かい内容のやりとりを文面化した資料も必要となりますので、普段からパワハラなどがある場合は、日々の記録に残しておくことも大切です。
このように、段階を追って色々方法はあるので早期に対応することが大切です。
とはいえ、経験を積んだ訪問看護師であれば管理者にパワハラの報告もしやすいかもしれませんが、新人看護師だと中々言い出せずにいることも多いかと思われます。
そのため、カンファレンスなどで利用者の情報共有をする際には、利用者やその家族との関わりの中で何か困っていることはないかということも確認していくとともに、自然に話せるような環境を作っていくことも大切だと感じています。
<文献>
1)武ユカリ,畑吉節未:在宅ケアにおけるモンスターペイシェントに関する調査.2008年.
2)林 千冬,今岡 まなみ,藤田 愛,山﨑 和代,遠藤 理恵,花井 理紗:「訪問看護師」が利用者・家族から受ける暴力―兵庫県における実態調査の結果から.訪問看護と介護 22(11)2017年.
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