ショートステイも活用…引きこもりを抱える“8050問題”家族への訪問看護による支援

執筆者
川上加奈子
川上加奈子
よつば訪問看護リハビリステーション 看護主任

麻布大学臨床検査技師コース卒業後、東邦大学医療短期大学看護科入学。東邦大学医療センター大森病院でNICUを経験後、横浜旭中央総合病院で外来にて抗がん剤治療などを担当。2012年より訪問看護に従事。2016年より現職。

訪問することで明らかになる“引きこもり家庭”

今の社会、引きこもりの方の数は多く、内閣府の調べによると15~39歳の引きこもり当事者は約54万人以上いるといわれています。

内閣府:平成30年版 子供・若者白書より転載

それでは、40歳以上の引きこもりはいないのかといえば、もちろんそんなことはありません。

いわゆる“大人の引きこもり”はこの調査の対象外となっているそうですが、引きこもり当事者が40歳、50歳となり、高齢化した親とともに社会から孤立する“8050問題”が新たな社会問題となっています。

訪問看護をしていても、引きこもりのお子さん(40~50代)を抱え、この先どうしたらいいのか…と不安に感じながら過ごされているご家庭が驚くほど沢山おられます。

そして、大体のご家庭がひきこもりの家族を抱える将来への不安をどこにも相談できずにいるのが現状です。

今回は、そんなご家族に訪問看護で介入したケースについてご紹介したいと思います。

引きこもり当事者となる8050問題の事例

事例提示

奥様は85歳で腰椎多発骨折、ご主人は88歳で心不全と疾患があり、夫婦とも全身状態の管理が必要と依頼があり、訪問看護が開始となった。

訪問看護による介入後、まもなく60代の引きこもりの長男がいることが判明。

ご夫婦は長男に身体が辛いこともあえて話していなかったため、なぜ看護師やヘルパーが家に出入りしているのかも理解できずイラついている様子ではあったが、訪問時に顔をみせることはなかった。次男は10年前に肺癌で他界。

家族間のコミュニケーションは良いとはいえず、親子でありながら長男に用事がある時は手紙に書いて渡したり、必要最低限の当たり障りのないことを伝えるような形で生活を続けてこられていた。

長男は高校から不登校になり、仕事に就いても続かず。何回か資格をとろうと努力はされたものの途中で挫折し、現在に至っていた。

事例へのアプローチ

本来の訪問看護はご夫婦の体調管理として入っていたため、長男へのアプローチは対象外でした。

しかし、ご夫婦の悩みは“長男の引きこもり”であり、今後の息子の生活に関しての不安も常にあるご様子だったため、夫婦の精神的ストレス緩和のためにも息子を巻き込んでアプローチをしていくことを考えました。

ご夫婦としては、「とりあえずお金さえあれば息子は生活に困らないだろうから」と必死にお金を貯めておられましたが、やはり、役所の相談窓口に繋げておいた方が安心だと考え、ご夫婦にその旨説明し、生活支援センターの方が自宅に訪問する形となりました。

役所の方も、いきなり長男と話をするのではなく、ご夫婦と話をしてから介入策を考えようとしていましたが、長男と鉢合わせとなり、「そんなの必要ない!自分は学校に行き資格を取るんだから!」と拒否され、それ以上踏み込むことができなくなってしまいました。

ただ、これをきっかけに奥様は、「私達は歳をとって身体が大変なのよ。本当は貴方が助けてくれないとダメなのよ」と息子に訴えることができました。

その後も息子に変化はなく、ご夫婦が「身体が辛い」と息子に訴えても、息子はその両親をサポートするどころか、自分の食事の準備から用事まで、時間を問わず自分の都合でご夫婦を叩き起こすような生活が続きました。

そこで、思い切って夫婦揃ってのショートステイを提案し、長男と距離をおくことを試みました。

それまで親戚にも長男のことは相談できていませんでしたが、親戚にも奥様自らが話をし、ショートステイを利用する決心をされました。

ショートステイを活用し、親子関係の再構築を図るが…

実際にショートステイに行ってみると長男はパニックになり、連日のようにショートステイ先に電話をするようになりました。

これには奥様もいたたまれない気持ちになり、早々にショートステイ先から帰宅。

そして「もう二度とショートステイは利用しない」と奥様は頑なに心を閉ざしてしまいました。

その一方で奥様は、パニックになった長男を目の当たりすることで、やはり精神科の医者に長男を診てもらった方がいいと実感されたため、往診医の依頼を検討することに。

担当の訪問看護師は「これで少し状況に変化が起こせるのではないか」と期待しましたが、翌週訪問するとご夫婦から、「やはり精神科の往診はもう少しあとにしたい」との申し出があったとのこと。

「もちろん、ご家族のペースがあるので、急がなくていいですよ」と返答をしましたが、しばらくしてケアマネジャーから「『訪問看護を終了したい』とご夫婦から連絡がきた」と報告がきたのでした。

「静かに生活していればなんとかなるからもうそっとしておいて欲しい」
「あの看護師さんが来ると何かをしなければならないと焦る気持ちになる…」と訴えがあったとのこと。

そのため、次の訪問看護ステーションには今までの経過を細かく情報共有し、こちらの介入が早急すぎたのかも知れないことを伝え、ともかく今後は傾聴に努めて、ゆっくり介入を進めて欲しいと申し送りをして終了となりました。

事例を振り返って

この事例では、訪問看護として引きこもりの長男を持つご夫婦に対して家族関係の改善を含めたケアを提案しました。

結果として、ご夫婦と長男の静かだった環境をかき乱す形となり、ケアの介入としては失敗だったのかもしれません。

担当の訪問看護師も「ご夫婦の希望もあり、色々と動いたけれど、実際の状況の変化に耐えられる精神力や体力が伴っていなかったことを把握しきれていなかった」と反省をしていました。

しかしその一方で、このご夫婦が自分達の身体が辛いことを長男や親戚に伝えることができたのは、今回の介入の成果の一つだったのではないでしょうか。

また、「長男は精神科の医者にみせる必要がある」と実感できたことや、そして何より、自分達が求めれば役所からのサポートも受けられるのだと知ることができたことは、大きな変化だったのではないかと私は感じています。

今現在、ひきこもりの子供を抱える家族は数え切れないほどいます。

厚生労働省でも、その増加に歯止めをかけるべく、平成21年からひきこもり地域支援センターの設置、平成25年にはひきこもり支援に携わる人材の養成研修、そして今年度からは市町村においてのひきこもり支援窓口の設置の普及に力を入れて動いています。

長年にわたり形成された家族の問題に第三者が介入していくことは、今回の事例の様にとても難しいことです。

だからこそ、ひきこもりを抱える家庭が潰れてしまわないよう、訪問看護や訪問介護などでかかわる際に、ひきこもり支援の相談窓口があることをそのご家族にお伝えしていくことは、そのご家族にとって、一筋の光となるのではないでしょうか。

高齢者はインターネットを使えない方も多く、いくら国が情報を発信していても若い世代のように、情報をタイムリーに得ることができません。

在宅のサポートに入る私達医療・介護従事者が、その家族を助けられるサービスの情報をわかりやすくお伝えしていくことが最も大切なことなのではないかと感じています。

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