人手不足解消のヒントはあるか―ベトナム介護リポート〜外国人技能実習生と介護の未来 part1

執筆者
松木 信治
松木 信治
戸倉デイサービスゆいっこ所長 (介護福祉士)/ ケアカフェながの代表

祖母の在宅介護をきっかけに介護の仕事の大切さを学ぶ。1998年長野医療生活協同組合の老人保健施設ふるさとの開設スタッフとなり施設から通所ケアまで現場経験を重ねる。その後同生協法人の稲里生協クリニック、長野中央介護センターつるがなどの開設と運営に携わり、ケアマネージャー業務も行う。2012年長野県で初のサービス付高齢者向け住宅「つるがの風」の責任者として6年間勤務。2017年より現職。

海外における介護は日本の介護人材不足の福音となるか

介護人材の不足が大きな課題となっている中、外国人技能実習制度を通じて海外の人材を介護分野に活用しようという動きが活発になっている。

技能実習制度自体は元々は人材不足を解消する手段ではなく、あくまで国際貢献としてそれぞれの母国でその技能を生かす道筋を示すための制度である。

しかしながら、2020年代初頭に向けて、さらに25万人の介護人材が必要とされる現在の日本において、外国人の技能実習制度が介護人材の育成や醸成に何らかの効果を果たすものとして位置付けられていることは間違いない。

その中でも注目されているのはベトナムであり、これまでも製造業での技能実習生を日本に送り出してきた経緯から、ベトナム政府も介護分野における日本への就労進出に意欲的だ。

今回私は実際にベトナムの首都ハノイに赴き、日本への就労を目指している技能実習生の声を聞き、また送り出し機関でコーディネイトを行うスタッフとの対話を行うなど、ベトナムの人と風土に直接触れながら取材を行った。

日本における介護の人材問題を考える中で、人材不足の解消ありきの制度ではなく、“介護の現場で働く意義をより魅力的にしていく必要がある”という文脈において、ベトナムなど海外の人材活用が持つ役割や影響について未来予測を交えてレポートしたい。

外国人技能実習生とは?

そもそも、『外国人技能実習生』とは、日本の様々な職場において発展途上国の若者を技能実習生として受け入れ、実際の実務を通じて実践的な技術や技能・知識を学びながら、帰国後母国の経済発展に役立ててもらうことを目的とした公的制度である。

2017年にはベトナムからの技能実習生は10万人を超え、主に製造業、建設業、繊維産業、農業などの分野で、愛知、岡山、埼玉、岐阜、広島、大阪などの地域に多い。

ベトナムでの技能実習生養成施設にて縫製技能の様子を視察。

こうした現状はオリンピック景気を匂わせる2020年までは続くと思われるが、その後は急激な人材増加は見込めないと推察する。

その理由は、後述する決して安泰でないベトナム自体の国内情勢にある。

実習制度とはいえど、実態としては人材が必要な現場に安い人件費で雇用できる労働力としてベトナム人実習生を抱える職場も少なからずある

適切な技能実習生制度を運用するとともに、各分野での国際交流の活性化が大きな課題となっている。

こうした動きを受けて、政府は2018年5月29日に人手不足解消への解決策として、新たに『農業』『建設』『宿泊』『介護』『造船』の5分野において外国人労働者のための在留新資格を導入すると発表した。
早ければ今秋までの臨時国会に入管難民法改正案として提出し、2025年までに50万人の受け入れを目標とする。

この5分野の中には介護も含まれる。政府は「必要な専門技術と日本語能力を有する人材」としているが、技術の習得を目的としたこれまでの外国人技能実習生どの修了者は試験が免除される。新しい法制度の中で介護分野でのベトナム人労働者の人材がどこまで現場力として活かされるのか、そして本来の目的としての両国間の産業協力という意味においてグローバルな介護業界の醸成にどれだけ寄与するのだろうか。

ベトナムの介護事情

そもそもベトナム国内の介護事情はどうだろうか?

国の歴史や経済規模、政治形態からすべて違うため、日本の介護と簡単に比較することは困難だ。
そもそも日本で考えるような「介護」と言う概念が根付いていないように感じる。

このことについては、本レポートの後半で再度述べたいと思うが、ベトナムと日本の介護を考えるときに、ベトナムという国そのものを知ることはとても重要である。

ベトナムの歴史
ベトナムは第2次世界大戦後のフランス統治からの独立以後も、大国の軍事介入からベトナム戦争をはじめとした多難な紛争期を迎える。
そして、1976年南北ベトナム統一以後は社会主義共和制として共産党一党支配の国家統制を行っている。
しかし、1986年に市場経済導入と外交開放をスローガンとして掲げる『ドイモイ政策』に舵を切ってからは、対外的には柔軟な姿勢を保っており、空港や観光地においても緊張感はなく、外国人に対しても拒絶感はない。
宗教は中国との歴史的なつながりから道教や儒教的思想も生活に深く浸透しており、礼節を重んじ高齢者や年配者を敬う文化を持っている。

ベトナムでは家族を非常に大切にする風土があり、“高齢者や障害者は家族や親戚がみるべきだ”と言う考え方が根強い。

ここで、ベトナム・ハノイにある1クラスが20人程度の日本語教室において、日本で働くために日本語を学んでいる10代後半の技能実習生にいくつか質問をしてみた。

それぞれの技能実習受け入れ先を決め、日本語の勉強に励むベトナム実習生

「お家で自分のおじいさんかおばあさんを介護したことのある人はいますか?」と聞いたところ、手が挙がるのは2〜3人である。
「この中で車椅子を押したことがある人はいますか?」との質問には、あるクラスで1人だけ手が挙がった。

挙手をした人から、「私のおじいさんは目が悪いです。外に出かけるときは、必ず家族の誰かが付き添います」と回答を得たため、さらに聞いてみると、おじいさんは86歳で、充分な高齢だが認知症などの症状はなくしっかりしているという。

ハノイの日本語学校で学ぶ10代後半の子供たちは、みんな田舎の家族とは離れて市内に暮らす。
当然、家族と同居していないので、『介護』をしたくてもその機会がない。

介護経験の希薄さはおそらく日本でもそれほど変わらないだろう。

今回の視察を案内してくれたベトナム人のクオンさんから話を聞いた。

「ベトナム国内では介護が仕事という考え方はまだありません。日本向けに技能実習生を派遣するようになって初めて『介護が仕事=産業である』という認識が生まれたのだと思います。」

実はベトナムは高齢化問題では決して楽観的な状況ではない。平均寿命は2016年には75歳を超え(世界銀行データ)、ASEAN諸国の中ではブルネイに次いで急速な高齢化が進んでいるという。

現在60歳以上の国民は1,000万人で、全体の11%。さらに65歳以上が14%を超える「高齢社会」には2030〜35年頃に、21%を超える「超高齢化社会」には50年頃に突入するものとみられている。
このスピードは欧米はおろか、超高齢化社会を憂う日本をも凌ぐ勢いだ。

今回は見学できなかったが、日本の『さくら介護サービス』がもともと富裕層向けに行っていた家事代行サービスのオプションとして介護を提供する訪問介護があるとのこと。

ただ、ベトナムでは民間の介護サービスは数も少なく、そもそも家族介護が中心のベトナムではまだ需要が十分育っていないと思われる。

また、ハノイやホーチミンのような都市部には、近隣の都市から就労のため移住している若い世代が実家を離れて住んでいるため、実際に同居して介護をする状況が生まれていないようだ。

介護や医療施設についてはVSSというベトナム独自の社会保障制度があるため、十分とはいえないまでも、病院をはじめとした公的なサービスが利用できるため、有料で介護を利用すること自体が全く浸透していない。

ベトナムはアジア諸国の中でも所得格差が激しく、政治の汚職も問題視されている。富裕層向けのサービスでは国内全体の介護力を押し上げる力には充分ではなく、収入を介護サービスのために振り分ける国民は多くないと思われる。

ベトナムの物価
ハノイ市内での物価は物によってまちまちだが、概ね日本の3分の1程度。2018年のレートで1VDN(ベトナムドン)は0.0048円。ハノイでの大卒の初任給(月給)が400〜500万VDN(日本円で2万円〜2万5千円)程度である。
またベトナムは社会格差が大きく、収入に大きくばらつきがあり、ベトナムで働く人に聞いたところ、実際の平均月収は300万VDN(1万5千円)程度であるとのことだった。

そうした中、純粋にライフスタイルの伸長としての介護技能実習生を目指すベトナム人はこれからどんどん増えてくると思われる。

では、実際のところ、ベトナム人技能実習生の介護現場の登用は、日本の介護の未来にどう影響するのか。

さらに追ってレポートしたい。

参考文献
・公益社団法人日本介護福祉士会編:『介護職種の技能実習生受け入れの手引き』.新日本法規出版,2018.
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